研究内容

背景

 1980年代以降、地球温暖化に起因する海面上昇や気候・気象変動の問題がグローバル・イシューとして論じられるようになった。1990年代以降、それらの問題による被害を最初に受ける高リスク地域の一つとして、太平洋の小島嶼社会が頻繁に議論の俎上に載ってきた。国連は2014年を「国際小島嶼開発途上国年」に定め、環境問題と政治・経済問題の複合的観点から、小島嶼社会が抱える問題に対する喫緊の対応を訴えている。その結果、特に環礁社会は、小島嶼のなかでも小規模性が際立ち、地球温暖化に対するリスクが最も高く、危機的状況に面しているとして注目を集めている。環礁とはそもそも、サンゴ礁とそこへの堆積物からなるリング状の地形で、特に南北貿易風帯を中心に世界に約500個存在している。サンゴ礁と堆積物が海面より高くなれば、数珠状に連なる州島が形成される。州島は狭小かつ低平で、淡水資源は天水と地中の淡水レンズのみである。植物相は種類・量双方において貧弱で、土壌は薄く、動物相もまた貧弱である。火山起源の海洋島と比較しても、資源が寡少かつ不安定で、気候・気象変動の影響を受けやすく、人間居住には極めて過酷な環境である。


 近年は、地球温暖化に直面する環礁社会について、太平洋を主たる対象に世界で広く研究が進められてきている。特に日本では、環礁の自然環境や人間居住史の特徴を解明し、地球温暖化による諸問題に対処する方策を提言するために、地球惑星科学、地理学、海岸工学、考古学、人類学等の多様な学問分野を横断する先端的な研究が主導されてきた。しかし、その大半は、マーシャル諸島共和国のマジュロ環礁、ツバルのフナフチ環礁、キリバス共和国のタラワ環礁、仏領ポリネシアのランギロア環礁などのいわゆる「都市的環礁」(urban atolls)――すなわち、陸域面積が比較的広い州島を含み、近現代の植民地的開発を経て数千~数万の人口が集中し、他島・大陸からの海路・空路によるアクセスシビリティが高い環礁社会――の研究に偏重してきた。一方、太平洋に存在する約170の有人環礁のうち「都市的環礁」は1割以下で、9割以上の環礁は、州島の狭小性や他島・大陸からの遠隔性が顕著で人口はせいぜい数百人という現実がある。このような極リモート環礁(far-remote atolls)に関しては、自然環境や社会・文化に関する総合的な実態解明が殆どなされていない。