研究内容
問題意識
環礁社会は元来、環礁を構成する州島の狭小性・低平性・環海性より導かれた脆弱性(fragility)と被傷性(vulnerability)に特徴付けられてきた。近年では、地球温暖化に起因する諸問題の深刻化という文脈において、より一層その脆弱性・被傷性が強調され、環境危機の「最前線」あるいは最大の「犠牲者」として取り上げられる場面も多い。しかしながら、果たして環礁社会は、弱く傷付けられるばかりの無力な「犠牲者」なのだろうか。このような問いかけは既に、実証的な環礁研究を主導してきた日本の研究者からも世界に向けて発せられている。事実、太平洋では地球温暖化が切迫した課題として共有される遥か以前、2000年前には、東ミクロネシアの環礁において既に人間居住が確認されている。ならば問われるべきはむしろ、環礁社会がいかに長きにわたって脆弱な世界を生き延びてきたか、であろう。本研究はこの問いの解明に向け、特定の環礁社会に着目し、通時的視点から学際的手法によって取り組む。
本研究ではポリネシアのクック諸島北部離島のプカプカ環礁を調査対象に設定するが、その理由は以下の諸点に因る。陸域総面積は約1㎢、直近の大規模島嶼のサモアから640km以上、クック諸島のラロトンガ島から1100km以上離れ、狭小性・遠隔性が際立つ典型的な極リモート環礁だということ。数年間隔で発生するエルニーニョ現象(海面水温変動)とそれに起因する大気循環の変動が誘発する気候・気象変動の影響を数千年間にわたり強く被ってきた領域に位置すること。人新世と称される環境危機の現在においては気象災害の激甚化が著しい地域に在ること。その住民は初期居住以来こうしたリスクへの対応を初期条件に生存してきたこと。そして、散発的であるとはいえ1930年代~80年代の民族誌的データと1850年代以降の歴史資料が存在し、2010年代に本研究参加者が実施した民族誌・考古学・地理学的調査で基礎データを得ていること。