研究内容
独自性と創造性
第一に、環礁社会に対する視点の独自性が挙げられる。人新世をめぐる議論が随所で喧しいが、20世紀半ばに人間活動は地球の環境限界を突破して環境破壊を急加速し、「それまで安定していた」人間生活が一気呵成に崩壊へと進むなか、このような状況をどう改善し、どう乗り越えられるか、という論調が核を占めている。この環境危機の「最前線」あるいは最大の「犠牲者」として表象されてきたのが、脆弱性・被傷性に特徴付けられた環礁社会であった。ところが太平洋の数多くの環礁では、人新世の遥か前から「不安定な」生活が継続的に「維持」されてきていることが確認されている。なかでもプカプカ環礁では人びとが、極リモート環礁という極端な狭小性・遠隔性、過去数千年間にわたり数年間隔で発生しているエルニーニョ現象という気候・気象変動リスク、人新世におけるそのリスク増大、という重層する脆弱性のなかに生存環境を確保してきた。本研究ではプカプカ環礁社会を、環境機能分化という手段によって環境限界を引き上げることで、留まることなく生活世界を構築し続けてきたのではないかと問う。つまり、住民を受身的な「犠牲者」ではなく、いわば能動的な「生活者」として捉えて直すことで、従来の環礁社会に対する視点を180度転換する。また、環礁という自然のエージェンシーが相対的に強い環境に注目することで、人間中心主義を脱しつつも、そこに生きる人びとの創造的な実践に学び、人新世における人類の在り様を根本的に再検討しようとするものである。
第二に、第一で指摘した視点に立ち、環礁を多様な時間幅と調査手法から捉え直すために、文理横断する学問分野がフィールドで協働する点も特筆に値する。①社会人類学的アプローチは、直近約80年を微視的に対象とし、住民を対象とした聞き取り調査および参与観察を、プカプカ環礁はもとよりラロトンガ島、ニュージーランド、オーストラリアとマルチ・サイトで実施する。②歴史人類学的アプローチは、19世紀初頭以降の約200年を対象とし、宣教団の記録、植民地政府の行政資料、島評議会の会議録等、多岐にわたる歴史資料の分析を実施する。③考古学・地理学的アプローチは、環礁形成開始以降の数千年を対象とし、人間居住史検討のための発掘調査、および物理的環境評価のための地形計測や堆積物・サンゴ年輪等試料分析を実施する。①~③のアプローチを総括し、極リモート環礁における生活世界の構築を動態性に着目しながら包括的に検討することで、その脆弱性・被傷性を再考すると同時にレジリエンスの多層性を展望することが可能となり、創造性が高い。