研究内容

アプローチと方法

 本研究は主に以下の3アプローチにより構成されている。


 ①社会人類学的アプローチ「現代における資源管理制度と気象災害への対応」

 まず、GPSによる地図作成によりワレ、モトゥ・コー、モトゥ・コタワという3州島の環境的特徴を把握したうえで、3つの資源管理区におけるタロイモ、ココヤシ、汽水魚、ヤシガニ、海鳥、資材樹木等、特定の生活資源の涵養実態を確認する。そして、島評議会、伝統的権威者会議(Kau Wowolo)、各村の村会議(wuingāpule)への聞き取り調査によって、環境機能分化の長期的・短期的戦略を明らかにする。また、参与観察によって、各村にて自警団(pule)と食料分配組織(tuanga kai)を中心に制度化された資源管理体制の特徴を捉え、平常時において資源の持続的利活用が可能になっている仕組みを明らかにする。さらに、旱魃や熱帯低気圧の接近という気象災害が生じた際に、資源管理制度が減災・応急対応・復旧に果たす役割を検討する。加えて、2005年の巨大サイクロン災害の事例に注目し、環礁の州島が甚大な被害を受けた際に、一部の住民がクック諸島ラロトンガ島、ニュージーランド、オーストラリアに移住したり、既出移住者に物資援助を働きかけたりすることで、生活世界を環礁外に拡張した経緯を再構成する。


 ②歴史人類学的アプローチ「植民地期における生活世界の構築と社会集団の再編」

 まず、歴史資料分析によって、19世紀半ば以降における歴史的イベント、すなわち、1857年のロンドン伝道協会の到来、1860年代のブラック・バーディング(労働者としての住民徴収)、1892年のイギリス保護領化、19世紀末のコプラ産業参入、1901年のクック諸島への編入およびニュージーランドの植民地化、1951年のプカプカ環礁の島評議会による約90km南東に所在する単独リーフ島のナサウ島の購入、1970年代のコプラ産業衰退等を確認し、政治体制、経済活動、社会生活、人口が急激に変動したことを明らかにする。つぎに、オーラル・ヒストリーの聞き取り調査も交えながら、こういった変動に伴って3州島の環境機能分化が進められた経緯を、タロイモ天水田の拡張、ココヤシ林の造成、海鳥が営巣するウドノキの植樹、滑走路の建設等の出来事に着目しながら、描写する。さらにその過程における土地・資源の所有・管理形態の変容や社会集団の再編を指摘し、現代では「伝統」として静態的に捉えられがちな3村体制や資源保護区の成立経緯を明らかにする。なかでも、島評議会によるナサウ島の購入というイベントに特段注目し、その背景と経緯を明らかにしたうえで、環境機能分化の対象が環礁外の隣接する島々に拡張し、環礁住民にとっての環境限界を改善した事例として分析を試みる。


 ③考古学・地理学的アプローチ「先史期以前における地形・環境同定と人間居住史」

 まず、離水マイクロアトールの高度計測と年代測定に基づく完新世中期以降の相対的海面変動史を踏まえて、地形計測と堆積物の年代測定を行い、各州島の州島形成プロセスと地球科学的特性を明らかにする。さらに、プカプカ環礁の3州島とナサウ島で発掘調査を実施し、炭化物や植物遺体の同定と二次堆積層の確認を通して、タロイモ天水田農耕といった人為的環境改変の痕跡を探索し、先史期以前の環境機能分化の可能性を検討する。また、考古学と地理学が協働し、サンゴ礁上に残存する礁性ブロック(津波石/ストームロック)の試料解析や、熱帯低気圧によるイベント的波浪堆積物の検出を進め、先史期における気象災害史を解明する。なお、マイクロアトールの良好なコアサンプルが得られる場合は、サンゴ年輪に含有される酸素同位体分析を行うことで、エルニーニョ・南方振動現象(ENSO)といった古気候解析にも取り組む。


 最終的には①、②、③の結果を総括し、極リモート環礁の住民が、脆弱性・被傷性に対応するために展開してきた生活世界の構築の実態を通時的に再構成し、環境機能分化と環境限界双方の動態性について論じる。